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コンサートが終わって〜動いています

 (スタジオ・バミ ブログより)

私は9月12日のムサビでの演奏が終わってから、約2週間地に足が着いていないような、カラダもアタマもず〜っと音が鳴り続けているような、とても不思議な時間を過ごしました。その間にも普通にご飯作って掃除して・・・、なことは上の空でやってはいたのですが。

一番驚いたのは、ガジュマルとは別の、アンサンブル・マレットというマリンバのグループにも所属していまして、普段はこちらで演奏しています。多くの方々にマリンバの音楽を楽しんでいただきたい思いを込めて、もう20年以上続いているグループです。

リーダーの那須律子さんのブログ

http://ensemble-mallet1989.blog.so-net.ne.jp/

同じ週に演奏会があってリハーサルをした時に、やり慣れているはずの曲が弾けなくなっていました。

弾けないというか、アンサンブルに馴染まない感じ。おそらく自分の弾き方がガジュマル・アンサンブルの色になっていて、いつものように出来なかったんだと思います。

これは驚きでした。だって私は同じなのに、そんなに2つのグループで変わってしまうなんて・・・。

なんとか本番までに多少調整は出来たと思いますが、ショックでした。

私の中に鳴り続ける音楽は、何故か後半で演奏した曲。

特に、歌をうたったものが、激しくカラダに入り込んで、寝ても覚めても鳴ってる。実際にもマンゴーさんの新しいCDをかけて、その音にのめりこむ、何とも依存症になっているかのような状態でした。

そして、楽器を弾いたり声を出したくて、いつに無く楽器のところに行きました。

マリンバに留まらず、ピアノも弾いてみたり、弾きながら声を出してみたり、ネマムササというアフリカの曲を分析してみたり。

本当は音楽する人間、いつもこの位音に関わっているのが正しい姿なのかも知れません。

でも、私はいつの間にか日常の忙しさや煩わしさにかまけて、音楽を聴くことも極端に無くなって、演奏するために練習をするという、今考えるとつまらない世界にずいぶん長いこと浸かっていたように思います。

オランダに留学中(遠い昔)は、暇さえあればクラシックからロックまで聴いたり、コンサートに行ったりしていたのに、日本に帰ってきてから「忙しい 毎日」というくくりで、やらねばならないことを優先にすると、全くクリエイティブではない生活していたと、やっと今気が付きました。

もちろん、最低限の時間、表現することを保ってきたからこそ今があるけれど、本当は自分がもっともっと表現したい、もの凄いエネルギーを持て余しているのに気が付きました。

あんなに忙しかったのに、肩が懲りません。相方に「エネルギーを正しく放出しないから、体調悪かったんじゃないの?」

そうかも・・・。

先日は岩下徹さんのダンスのワークショップに行ってきました。障碍のある、なしに関わらず一緒に行うワークで、沢山のことを学びました。無心に踊る姿は、心打つのだと実感。

踊るという行為もまた、自分にとって大事なようです。

ちょうど一年前の9月から始めた、原キョウコさんのダンスセラピーも、私の心と体を繋げてくれました。

原キョウコダンスセラピーワークショップ

http://blog.goo.ne.jp/kyondance

8月には2泊3日で合宿に参加しました。そこで経験したことは、3月11日の震災から今現在に繋がる大事な出来事だったように思います。

そこで出会ったステキな人々の中に、オギタカさんというミュージシャンがいました。オギタカさんはゲストとして毎年呼ばれ、彼の音楽も使ったワークを行いました。

オギタカさんの「 音あそびの会」のHP

http://oto-asobi.main.jp/

その時に私も打楽器奏者だから、と言うことで予定外にワークで一緒に演奏したのが、彼が持参したコギリとかバラフォンと呼ばれるアフリカのマリンバ。

やっぱりアフリカなんです。

もちろん我流の即興演奏だから、アフリカの音楽でもなんでもないのですが、オギタカさんの叩くジャンベのリズムとの共演はイヤでもリズミカルなものになるのです。

これがまた至福の時間で、楽しかった〜。

オギタカさんとはいろいろ共通点があり、初対面にもかかわらず以前からの友人のような気がしました。

そんなオギタカさんから10月に彼のホームグラウンドの小諸であるイベントでワークをするというお誘いが・・・。

娘と一緒に参加することにして、今からとても楽しみに。

しかも、同じ10月中になんと、我家の近くでライブを行うというお知らせ、日にちを見ればスタジオ・バミのワークショップの前日!!もうこれはオギ タカさんのスペシャルワークをお願いするしかない、と相談したら、バンドのお仲間も参加してくださると言うお返事に一気に盛り上がって、「ワークとライ ブ」という、スペシャルイベントに発展してしまいました。

嬉しいことが次々と展開していきます。コワイくらい。

でも恐れません!!

両親亡き後の7年間の辛かった日々を考えると、夢のようです。

復活したんだな〜。

でもあの苦しい時間があったから、私も家族も、沢山学んだんだよな〜。

少し強くなれたから、今を楽しめるんな〜。

辛いことは、生きている限り避けて通れないけれど、嬉しいことや楽しい時は手放しでこの瞬間を味わっていきたいです。

 

9月12日のサカキマンゴーさんとガジュマルアンサンブルとの 親指ピアノとマリンバによるスペシャルコンサート」@ 武蔵野美術大学の演奏を元に11月にCDが発売されますが、急遽11月8日に再びマンゴーさんとガジュマルアンサンブルでライブを行うことになりました。 しかも、パーカッションの駒澤れおさんも共演されるという、一段とパワーアップしそうな予感がします。詳細が決まりましたら、またお知らせします。

オギタカさんの「ワーク&ライブ」は10月23日の午後です。場所はスタジオ・バミ。詳細、追ってお知らせします。


| 雑感 | 21:07 | comments(0) | trackbacks(0) |

いま、この瞬間

 

いま、この瞬間
一秒たりとも、同じ時間に止まれない
刻々と変わっていく、この宇宙のなかで

私は47年前、この地球の日本という国に誕生した

一体どこから来たのだろう
そしてどこに行くのだろう

後戻りは出来ないから

前に進む ただ前に

一歩一歩 踏みしめて・・・

 

3月11日の東日本大震災から5日。

被害を受けられた皆さまに、心からお見舞い申し上げます。

地震だけではなく、原発の放射能の恐怖、日本の経済への影響、次々と不安が押し寄せてきます。

犠牲になられた方々の叫びにも出来なかった思いや、被災され方々が今この瞬間も困難や苦しみと闘っていることを思うと、どうすることも出来ない自分に憤りを感じます。

どうにも出来ず、すくんで立ち止まって、何に向かっていいのかわからなくなって、迷子みたいな気持ち。

何も失わず、家族とともに過ごし、暖かい布団に眠れる自分に、不協和音が鳴っているみたいな感覚。

お店に行けば、あるべきものも無くなり、レジに並ぶ沢山の人々。

必要なものを買いに行ったのに、気が付いたら自分もなんだか一杯買い込んでる。

魂抜けてる、私。

生きてるのに、元気なのに、私は何も変わっていないのに!

今日は誕生日だから、もう一度47歳の第一日目で振り出しに戻ります。

前回の表現茶会に参加してくれた福島のKさん、原発の近くで避難生活をされている彼の書き込みに、ガツンと目を覚ましてもらいました。

「震災の被害を余り被ってない皆様、各々の仕事に従事して日本経済を回して下さい。今現在の問題点は流通が滞ってる事にあります。これを解決しないと援助物資も届かないし、原発の対応も追い付かない」

はい、そうですね。被災していない私がすることは特別なことではなくて、出来る仕事をすることですね。

笑ったり、音楽聴いたり、美味しいものを食べることも、やりましょう。

だって、出来ないときは出来ないのだから。

今のこの幸せをかみしめ、感謝して、このエネルギーで被災された皆さんを助けられる「何か」に変えていきましょう。

今日はケーキを作って、自分の お祝いします。

節電だから、オーブン使わずに作ります。

一杯 「幸せ元気・エネルギー」 を貯めて、心の中で被災地に向けて発信します。

今のこの一歩が、沢山の人々の一歩と連なり、日本が復興する大きな前進に繋がるよう祈りながら・・・。

追記 スーパーでとてもうつろな気分になっていた時、頂いたメールに励まされました。

とっても素敵で大事なことを表現されている文章。

お世話になっているダンスセラピストの原キョウコさんのブログに、目が覚めました。

http://blog.goo.ne.jp/kyondance/e/2d64fcef15439e09915777c41e55943f?fm=rss


(スタジオ・バミ ブログより)

| 雑感 | 21:43 | comments(0) | trackbacks(0) |

マリンバのルーツ〜アフリカ編 コンサートを終えて

 6月25日に渋谷のライブハウスでマリンバを演奏しました。
大学時代の先輩お二人との久々の共演でした。

(詳細はこちらにあります。 http://studio-bami.com/

アフリカをテーマに、曲を集め、2部では親指ピアノ奏者のサカキ マンゴーさんをゲストにお迎えしました。

マリンバのルーツはアフリカ・・・、といった話は以前から知っていたし、大学h時代に今回共演した北澤恵美子さんと村松友里愛さんのおかげで、アフリカの音楽にふれる機会がありました。

でも、あまり深く追求したことは今までありませんでした。

ゲストのマンゴーさんの説明で、マリンバも親指ピアノも、”マ リンバ”とか”ム(ン)ビラ”といったように、同じように呼ばれているらしいことを知りました。

現地でもだんだんオリジナルの楽器を演奏する人が減っているそうで、その原因としてテレビなどいろいろな暇つぶしになるモノや事が増えて、ひとり静かに音楽を演奏して楽しむような時間がなくなったからだそうです。
 
これってどこの国でも同じですね。
外国がその国の伝統を素晴らしいと価値を認めるのに対して、その文化を培ってきた国の人々は新しい文化にどんどん傾倒して、独自の文化を捨ててしまう。

なんだか残念な気がしました。
現代の流れは、常に新しく、常に前進あるのみ、無駄をなくせといった傾向が強く、人間の喜びや楽しむことの本質を奪い取っている気がしてなりません。

アフリカの音楽に関わって、リズムが重なり合う難しさと面白さを堪能しました。
同じ曲でも3拍子なのか4拍子なのか、3連符としてとるのか、付点としてとるのか。
そしてず〜〜〜〜っと続けることで生まれるグルーブ感。

もっともっと奥の深いところまで、グルーブを感じられるくらいまで、突き詰めてみたいと思いました。

いろいろな国のいろいろな音楽。
生活にとっても密接で、人間だからこそ作り出せる音楽。

音楽を続けてきて、よかったな〜〜、と実感しました。


| 雑感 | 00:44 | comments(0) | trackbacks(0) |

楽器と私・・・音を考える

先日いろいろ考えさせられた出来事があった。

私のような打楽器奏者はいつも、物を素手やバチの類で叩いて音を出す、かなり暴力的な行為を用いて音を出す。

叩く相手は、太鼓のような皮を張ったもの(最近は本当の皮を張っていないものも沢山あるが)、木で出来たもの、金属で出来たもの、そして近年作られたプラスチック製のもの。

番外編としては、ボディーパーカッションのように自分(たまに他人)の身体や、ガラス製のボトルやら、貝、石、紙など、叩いたり擦ったり振ったりして音が出るものはすべてパーカッションの楽器として扱う、なんでも屋さんだ。

クラシックの打楽器奏者でも、けっこういろいろなことを要求される。


私が経験した例では、

あわせシンバルを普通に叩いた後、床に落して音を出す。(シンバルはオーケストラで一番ぼろい物を使ったが、裏返ってオチョコ状態になり、終わったから直した)

あわせシンバルでドラを挟んで、両側から打つ。

普通によく出てくるのは、シンバルやドラのような金属の楽器を、叩きながら水に出し入れして音を変化させる。


師匠であり世界的マリンバ奏者である安倍圭子先生は、以前作曲家の方に、曲の終わりに(最初では成り立たないか)鍵盤を金槌で叩き割ってくれと言われて、お断りしたそうだ。

打楽器やっていたら、太鼓のヘッド(皮の部分)はメチャクチャしなくても、使用とともに劣化してボコボコになったり、時には破けたりする。

木製の木魚やウッドブロックなんて、打ち所悪けりゃ(というか叩き方)一発でヒビが入って使いものにならなくなる。コンともポコともいわなけりゃ、ただの置物だ。

学生の頃、打楽器アンサンブルの曲で「キハーダ」という楽器を使うため楽器屋さんからわざわざ取り寄せて、手にして試しに叩いた一撃で骨が砕けてお釈迦になった。(先輩が担当だった)

※キハーダは動物(馬だったような…)の顎の骨の部分で、叩くと歯がカタカタ振動する音が面白い楽器。ビブラスラップ(与作で出てくる、「ッカァ~~~~」って音)という楽器の原型。


ついでにマリンバ弾きは思い余って強打したために鍵盤割って、数万円の痛い出費に泣かされた経験が一度や二度はあるのではないか?(私はあります、若い頃にね)

だからどうしたら破壊せずに破壊的な「叩く」という行為を行うか、経験から学んでいる(と思う)。

ロックスターは舞台上でギターを破壊したり燃やしたり、そんなこともしてきた。

私には故意に楽器を破壊することは出来ない。


でも最近即興演奏をやっていて、時々考えてしまう。

パフォーマンスとしてどうしてもやりたくなったら「何でもアリ」なのか?

インパクトのある行為で、必要となれば「あり」?

わからない。

楽器の種類にもよるかもしれない。

もしも数千万円のヴァイオリンだったら、、、NO だよね。

数千円で買えるウッドブロックだったら、いいのかな?

でも、私には出来ない。同じ音のウッドブロックには二度とお会いできないかもしれないから。

買う時も音を聴いて選ぶ。

「買う」を「飼う」に変換してしまったけど、「飼う」って感覚に近いかも。

私にとって楽器は、生き物と同じ。

だから壊れたら、とっても悲しい。

叩いた時の音を聞けば、楽器が悲鳴を上げているのか、心地よく鳴り響いているのかがわかる。

無駄な力が加われば、もの凄い悲鳴をあげるし、それを無視すれば二度と元気な音を出してくれなくなる。

ピアノの内部奏法も、安心して聴いていられる時と、不安で不安でパフォーマンスに集中できない時がある。

きっと私にとって、ピアノは子どもの時から慣れ親しんだ楽器だから、なんだか他人とは思えないのかな。

どこまでが特殊奏法として認められ、どこまでが破壊行為と見なされるのか?

私にとっては、特殊奏法もアリだけど、楽器が二度と元の音が出せない再生不可能な状態になるような行為は、バツ!!

最近、そんなことを考えてしまう私でした。

| 雑感 | 15:19 | comments(0) | trackbacks(0) |

ゆめかな音楽教室について

 スタジオ・バミでは音楽教室をやっています。
http://studio-bami.com/

サイトの方でもしっかり情報を流しますが、このブログでは教室で行われているレッスンなどについて、より詳しい内容のものを書いていこうと思います。
よろしくお願いします。
| 雑感 | 22:51 | comments(0) | trackbacks(0) |